GID(性同一性障害)である自分の今までの人生

セクシャルマイノリティ

性に対する捻じれた感覚

 私が自分の性別に違和感を感じていたのは、5歳にも満たない幼少のころからでした。当時は女の子と遊ぶ方が楽しく、自分の中では所謂「女好き」なのかと思っていました。
 小学校に入ってからも、学校から帰ってきて、遊びに行く先は女の子のお友達のお家。女の子5人の中に、一人だけ男である私がいて、おままごとをしたりしていたわけです。私の中ではそれが普通で、特に意識もしていませんでした。ですが、低学年から高学年になるにつれ、次第に周りの目が気になり出します。

「あいつは女とばかり遊んでいる。女ったらし。」

 いじめを恐れ、それまで普通にしていたことを止め、男の子と遊ぶように努めました。やがて、それが今度は普通になっていき・・・今まで意識していなかった女の子を逆に意識し始めました。ただ、その意識というのも、思春期を迎える普通の男の子のそれとは違っていたかと思います。

 私が小学6年生の頃、仲良くしていた、クラスの中でも器量が良い方で、いつも元気な一人の女子より告白をされました。私は、いつも彼女を見て、自分もあんな風に可愛くて、周りには常に友達のいるような、ニコニコ明るい女の子になりたかった・・・という、所謂憧れのような感情を持っていたので、そんな子から告白をされたのは衝撃でした。
 付き合うことになりましたが、進学先は別々の学校。とはいえ、それ程住んでいる家も距離が離れていなかったので、たまにデート等はしていました。

 ある日の夕方、彼女と長電話をしていた時の話です。彼女は性に対する興味がとても強く、次第に話の流れは性的な内容に変わっていき、初めての相手は私が良い、と告げてきました。
 普通の男の子ならば、そういった時喜びと興奮を得るのでしょう。ですが、その時の私は、どうやってこれを回避するか、そればかり考えていました。

 話の流れで翌日デートの約束をしたものの、部活の練習を理由に、母親に断りの連絡をしてもらい、その日から彼女と会うことを避けるようになってしまいました。

 一か月程経った登校時、彼女の友人の女の子が私を見つけ、一体どうして会わなくなってしまったのか問い詰められました。私は、当時体を壊していた父親のことを理由にあげましたが・・・そんなのは本当は嘘です。別に父親のことなんて理由じゃなかったんです。
 その友達は、彼女が悩んでいることを私に教えてくれました。クマ美の他に、もう一人先輩で好きになりそうな人が現れてしまい、本当に悩んでいる・・・このままでいいの?と。

 私は、自分なんかと付き合っているよりも、その人と付き合った方が良いと思う、と告げて、彼女と別れることにしました。

 この出来事以来、私は女の子を好きになるよう努めるようにしました。エッチな本やビデオを観て、男としての興奮を得られるよう自淫行為も繰り返しました。

 大学に入り、親元を離れて一人暮らしをするようになり、1年経たない頃だったでしょうか。私は、一人の年上の女性と、その人から誘われるようにSEXをしました。それが、私の男としての初体験です。19歳でした。
 ここから、私は出会い系サイト等を利用し、色々な女性と体を重ねることを繰り返すようになりました。この頃の私は、数が即ちステータス、という感覚だったと思います。決して心の底では望んでいないのに、そうすることで男として真っ当に生きていける、そう信じていました。

 完全に狂っていたと思います。

既婚者との不倫関係、そして結婚

 出会い系やヤフーチャットで、顔も知らない相手とのコミュニケーションをとる日々を過ごしていたある日、気の合う仲間のような人々と出会いました。皆、私よりも年長者で、その内の一人の女性と親密になっていきました。
 その内、皆でオフ会を開こう、ということになり、そのオフ会の前日に女性と会うことになりました。彼女は私の7つ上、既婚者でした。最初、私は大人のお付き合いのつもりで彼女と体を重ねたわけですが、結局その後も何度もデートを重ね、人として彼女を認めるようになっていきました。
 私生活で不遇な思いをしている彼女の話を聞いているうちに、放っておけなくなった私は、彼女に離婚をするよう勧め、その決断をさせました。そして、大学生の分際で同棲を始めました。

 彼女は、私が卒業後、就職で千葉に引っ越すことになってからも着いて来てくれ、この頃から結婚を意識するようになっていたかと思います。

 その後、仕事をいくつか変え、丁度私が26歳の頃だったでしょうか、販売員をしていた頃に結婚をしました。ずっと一緒に暮らしてきたわけですから、別に結婚と言っても、ただ書類を出すだけ、何も変わることはありません。
 が、私にしてみれば、男として一生を終える覚悟を決めた出来事でした。

離婚・・・そしてカミングアウト

 私は、男として人生を全うする覚悟を決め、母親が元気なうちに子供を見せてあげたいと考えました。しかし、二人の間に子供が授かることはありませんでした。
 病院で検査をしても原因は解らず、金銭的に余裕はあまりありませんでしたが、可能な限り不妊治療を行い(これに関しては特に彼女に負担をかけてしまったと思います)、タイミング療法など色々試してみましたが、6年間の結婚生活の間に妊娠はありませんでした。

 彼女の中で、子供を産めないということに対するコンプレックスは相当大きくなっていたことでしょう。しかも、私は30をこえて販売員から転職した先でうつ病を患い、結局退職に至ったのですが、暫く家から出ることも出来なくなり、母や彼女に相当なストレスをかけていたと思います。(この転職先、中学からの幼馴染の父親が経営する会社で、そのコネで入社した次第でした)
 次第に母と彼女の仲がだんだんと悪くなっていき、一緒に暮らすことは不可能になってしまいました。

 私は、母親を一人にすることは考えられませんでした。(私の家は、元々父親と母親が籍を入れていない家庭でした)
 結果、彼女と離婚することにしました。

 離婚してから1か月程は、もう何も考えられなく、(ただ、この頃はFXで僅かではありますが生活費は稼げていました)毎日生きている実感も湧きませんでした。が、その頃にニコニコ動画の生放送に出会い、一人の留学生と親しい間柄になりました。
 彼とのコミュニケーションを深めていく内に、次第に生きる希望とやる気が湧いて出てくるのを感じました。

 私は、34歳で、調理師専門学校に入学、1年制の学校でしたので、翌年卒業。別れた彼女から教えてもらい、趣味になっていた料理を、自分の仕事として生きていこうと再び歩み始めたわけです。

 一番最初に入社した高級フレンチレストランは、色々あって3か月で退社、その後知り合いの紹介で居酒屋系列の会社にバイトとして雇ってもらい、1年程経った頃だったかと思います、正社員として使ってもらうようになりました。(ここで、私は調理師としてではなく、ホールスタッフ・バーテンダーの技術を学ぶことになります)

 この頃の私は、まだ自分のことをよく理解出来ておらず、体だけの関係の異性の存在もいたりして、本当に不浄な人間であったと思います。

 正社員になってから1年以上経ち、フロアマネージャーという役職を頂き、次期店長候補として、月に4日しか休むこともなく仕事に励んでいたのですが、一人のパート女性と折り合いが悪くなり、色々と傷つくこともあり、心を病んでしまい、私は退職、改めてFX生活に身を投じることにしました。
 この頃、スザンヌみさきさんという方のYouTube動画や女体化の為のノウハウサイト等を拝見し、性自認が女性である、ということをはっきり自覚し、トランスをすることを決めました。

 すぐには親に話すことが出来ませんでした。丸々一か月位は考え込んだと思います・・・やっとのことでカミングアウトしましたが、母親からは冷たい態度をとられてしまい、その後1週間程口も訊かない時間を過ごしました。
 いつの間にか、母親も私のカミングアウトを受け入れてくれて、今はとっても仲良く出来ています。寧ろ、今は私の一番の応援者は母であると思います。

 再びFX生活を始めてから2年を迎えようとしていた年末、私はその年に稼ぎ上げた殆どのお金を、原油先物に手を出してしまい、見事に溶かしてしまいました。
 FXでお金を貯めて、脱毛や性転換手術を一日も早く受けよう!と意気込んでいた私は、絶望に浸り、また3か月程何もしない日々を送るようになりました。

 ただ、今思うと、この原油先物での失敗が良い結果に繋がったなと感じています。

 ここで、私は思い切った行動に出ます。どうせダメになるならば、このままただ腐っていたって仕方ない、やるだけやってやろう!やりたいことをやってみよう!
 そんな気持ちになった私は、子供の頃より憧れていた「オカマバー」で、37歳にして働くことを決めます。
 それまで、オカマバーなんて飲みに行ったこともなく、GIDの人と接したことも殆どない私が、セクシャルマイノリティーの働く専門のお店に応募するのは、普通に考えたらバカげたことだと思います。ですが、その時の私は目をギラギラ光らせて、必死にインターネットで求人を探していました。

 ・・・と、まぁそんなこんなで今は「BAR1/2」でマネージャーをやっているわけですw

※2020年2月23日をもちまして、お店は退店致しました。
現在は、私はお客の立場で、たまにお店にはお世話になっております♪

遠回りしたなぁ~・・・いやいや、それがあるから今がある!

Beautiful road and sunflower.

 もっと若いうちから、母親にカミングアウトして、周りの友人・知人にも打ち明けて、脱毛や女性ホルモン治療、性転換手術も出来ていたら、私は今頃きっと明るく楽しく女性としての人生を送れていたのかもしれない・・・離婚してしまった元妻や、自分の気まぐれでお付き合いした女性達にも、嫌な思いをさせずに済んだ・・・あんなに辛いことや悲しいことにも対峙しなくて済んだ・・・なんて色々考えたりもしました。
 ですが、その色んな経験があるからこそ、今の私がいるわけで、今の人間関係が築けているわけで、遠回りしただなんて思ってはいけないんです!

 ・・・こういうことを、よくお客様やオーナーに言われますw

 でも、本当にそうなんでしょうねぇ。今までがあるから、今がある。今まで良くなかったとしたら、これから良くなるように頑張ればいい。

 今、私は、なりたい自分、理想の自分になれるよう、日々頑張って過ごしています♪

 

最後までみてくれて、ありがとう♪
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